慌ただしい一日が終わり、ようやく淹れた一杯のお茶。
その湯気を、スマートフォン越しに眺めていませんか?
「きれいに淹れられたから、シェアしなきゃ」その気持ち、とてもよく分かります。
でも、その一杯が本当に心に沁みる瞬間は、誰かの「いいね」がつく前にあるのかもしれません。
今回は、400年前の茶人が遺した、忙しい現代にこそ届けたい「おまじない」のような言葉『茶熟香溫且自看』をご紹介します。
絵のとなりで、お茶が香る
物語の主役は、明の時代の文人、李日華(りじつか)。彼は画家であり、お茶をこよなく愛する人でした。ある日、彼は会心の作を描き上げ、その絵の余白にこんな詩を書きつけます。
畫成未擬將人去 (絵は完成したけれど、まだ誰かに見せに行くつもりはない)
茶熟香溫且自看 (お茶がちょうど良い香り、良い温度だ。まずは、自分でじっくり味わい、眺めるとしよう)
最高の瞬間は、まず自分のために
この詩のポイントは、最後の「茶熟香溫且自看」というフレーズです。
- 「茶熟香溫(ちゃじゅくこうおん) 」これは、お茶が「最高の状態」になった瞬間を捉えた言葉です。茶葉がほどよく開き(熟)、一番良い香りが立ち上り(香)、熱すぎずぬるくもない、一番美味しく感じる温度(溫)にある。まさに、味わいのゴールデンタイム!
- 「且自看(しばし、みずからみる) 」「且し(しばし)」は「なにはともあれ、まずは」という気持ち。「自ら看る」は、ただ見るのではなく、五感でじっくり向き合い、味わうこと。
つまり、「この完璧な一杯と、生まれたての作品(今日の自分のがんばり)を、誰よりも先に、まず自分自身で心ゆくまで堪能しよう」という、静かで贅沢な決意表明なのです。
他人の評価を探す前に、自分の「好き」を確かめる。
これは、自分の感覚を信じ、心を満たすことを何よりも大切にする「自適(じてき)という、昔の文人たちの美しいライフスタイルでした。
自分の毎日へ贈る「3分間のひとり茶会」
この素敵な考え方、難しく考えずに、私たちの日常に取り入れてみませんか?
いつものお茶の時間に、ほんの3分だけ。
スマートフォンは少しだけ遠くに置いて、自分のための「小儀式」を始めてみましょう。
- 「香溫」の瞬間を待つ(約1分)お茶を淹れたら、湯気がふわりと柔らかくなるのを、ただ待ちます。立ち上る香りが一番華やかになる瞬間、それがあなたのための「香溫」の合図です。
- 三つの呼吸で、味わう(約1分)
- 一つ目:まず、香りを深く吸い込みます。今日の香りは、どんな香り?
- 二つ目:一口含んで、舌の上で優しく転がします。甘さ、渋み、旨味…。お茶が語りかけてくる物語に耳を澄ませて。
- 三つ目:飲み込んだ後、ふぅっと一息。喉から鼻に抜ける、優しい余韻を感じてみましょう。
- 心に、ぽちっと印を押す(約1分)昔の文人が作品に印を押したように、今日の体験に、心の中でそっと「印」を押します。「今日の私、よくがんばったね」「このお茶、美味しい!」そんな、自分だけの小さな承認で十分です。
心が満たされると、不思議と、誰かに優しくしたくなるものです。
まず、自分を深く満たしてあげること。そのあふれた優しさで、世界と繋がればいい。
「茶熟香溫且自看」――香りが満ちたら、まず、自分で。
あなたの一杯が、世界で一番優しく、温かい時間でありますように。
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