武夷岩茶を語る際、欠かせないのが「岩韻(がんいん)」という言葉です。
しかし、この掴みどころのない魅力を、客観的な品質基準としてどのように保証されているか、詳しく説明することは容易ではありません。
実は、武夷岩茶の品質は、「地理的表示(GI)の国家標準」と「伝統的な製造技法の地方標準」という、二つの頑丈な柱によって守られています。
今回は、この二つの標準がどのように絡み合い、あの一杯の茶の品質を担保しているのかを、専門家の視点から深く掘り下げて解説してみます。
1. 武夷岩茶の品質を支える「二つの柱」
武夷岩茶の品質は、以下の二つの標準の枠組みを通じて全般的に監督されています。
- 地理的表示製品 武夷岩茶 国家標準 (GB/T 18745—2006)
- 役割:ハードウェアの保証
(どこで、どのような環境と基準で作られるか)
- 役割:ハードウェアの保証
- 非物質文化遺産 武夷岩茶伝統制作技芸 地方標準 (DB35/T 2157—2023)
- 役割:ソフトウェアの保証
(固有の特性を生むプロセスをどう継承・実行するか)
- 役割:ソフトウェアの保証
この二つが揃って初めて、本物の武夷岩茶と呼べるのです。
それぞれの詳細を見ていきましょう。
2. 「舞台」を整える:地理的表示製品 国家標準 (GB/T 18745—2006)
この国家標準は、武夷岩茶のアイデンティティである「岩骨花香」の基盤を守るための厳格なルールです。
A. 地理的・環境的制約(テロワール)
まず、「生産地域」が限定されます。武夷山市内の特定行政区域内であることはもちろん、独特の自然生態環境下であることが条件です。 特に重要なのが土壌条件です。火山岩、砂岩、頁岩からなる赤黄色土壌で、pHは4~6。この地質こそが、ミネラル感あふれる岩韻の源泉となります。
B. 茶樹と栽培の管理
使用する茶樹にも基準があります。無性繁殖(挿し木等)によって栽培された、遺伝的に優良で健全な品種でなければなりません。 また、栽培においては農薬や汚染物質の制限が厳しく設けられています。
国家基準に基づき、農薬の使用禁止期間や制限を守り、化学農薬に頼らない病虫害防除が原則です。
C. 安全性と官能品質
最終製品には、水分量や粉末含有量などの物理的指標に加え、鉛やカドミウムなどの重金属、残留農薬について厳しい上限値が設定されています。
そして、大紅袍、肉桂、水仙といった品種ごとに、茶葉の外観、水色、香り、滋味、茶殻に至るまで、特級・一級といった等級基準が明確に定められており、消費者の信頼を担保しています。
3. 「魂」を吹き込む:非物質文化遺産 伝統制作技芸 地方標準 (DB35/T 2157—2023)
場所と素材が良くても、作り手の技術が伴わなければ岩茶にはなりません。
この地方標準は、無形文化遺産である伝統製法を具体的に文書化し、再現性を確保するためのものです。
A. 16製茶工程の明確化
採摘から始まり、萎凋、做青、殺青(炒青)、揉捻、そして焙煎に至るまで、全16の工程が詳細に規定されています。これにより、個人の勘だけに頼らない伝統技術の継承が可能になります。
B. 職人技の基準化
特に注目すべきは、岩茶の命とも言える以下の工程記述です。
- 做青(発酵の調整):
ここでは「看青做青(茶葉の状態を見る)」「看天做青(天候を見る)」という原則が明記されています。水篩(すいし)を使った手作業による揺青や、手で軽く触れて摩擦を加える「做手」などの高度な手技が求められます。 目指すべきゴールは「緑葉紅鑲辺(りょくようこうじょうへん)」、いわゆる「三紅七緑」の状態です。 - 揉捻と炒青:
炒青では葉温を一気に上げるための「団炒」「吊炒」などの手法、揉捻では茶汁を揉み出し美しい条索を作るための「倒蝶形」の回転手法など、製茶職人の身体的な動きまでが具体的に定義されています。 - 焙煎(火入れ):
品質の仕上げとなる焙煎(初焙、復焙、吃火、補火)も標準化されており、特に「吃火」では製品の要求に応じて火加減を見極め、芯まで均一に火を通すことが求められます。
4. まとめ:二つの標準が織りなす「多層的な品質保証」
このように整理すると、武夷岩茶の品質保護は、地理的な枠組みと安全基準(GI標準)を土台とし、その上で伝統的な製造技術(伝統技法標準)が厳密に守られるという、複数の標準で支えられた品質保証になっていることが分かります。
分かりやすく例えるなら、以下のようになるでしょう。
- 地理的表示標準(GI)は、最高傑作を生み出すための「博物館の厳格な環境設定と展示基準」。
- 伝統制作技法標準は、その傑作を昔ながらの手法で再現するための詳細な「巨匠のレシピと道具の仕様書」。
この両輪が機能しているからこそ、私たちは安心して「岩韻」の奥深さを探求し、その素晴らしさを伝えることができるのです。
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