台湾茶の世界に、これまでの常識を鮮やかに塗り替える「一色」が加わりました。その名は「台茶25号」、またの名を「紫韻(しいん)」。30年という長い歳月を経て、ようやく私たちの元へ届いたこの美しい品種の物語を紐解いてみましょう。
30年の歳月が育んだ「紫の偶然」
物語の始まりは1992年。台湾茶業改良場の試験田で、ビルマ大葉種の群れの中に、たった一株だけ「紫紅色の芽」を持つ個体が発見されました。自然がふと見せたそのいたずらのような変異を、研究者たちは大切に守り、育て、磨き上げました。そして2021年、ついに「紫韻」という気品ある名と共に、台湾初の紫色品種として産声を上げたのです。
魔法のように移ろう色彩:カメレオン・ティーの驚き
紫韻の最大の特徴は、その内に秘めた圧倒的なアントシアニンです。一般的な品種の約50倍というその濃度は、茶湯を単なる飲み物から「動的なアート」へと変貌させます。
抽出されたお茶にレモンを一滴落とせば、pH値の変化に反応し、水色は瞬時に鮮やかなピンク色へと変化します。この「カメレオン効果」は、天然の素材だけが持つ神秘的な魔法。グラスの中で色が移ろう瞬間は、まさに「紫の韻(余韻)」を感じる至福のひとときとなるでしょう。
四季が織りなす、紫のグラデーション
紫韻は、季節の移ろいをその身に映し出します。春には落ち着いた深紫、夏には生命力あふれる赤紫、秋には深まる赤みを帯び、冬には静謐な濃紫へ。
一芯三葉の紫が美しく保たれる約一ヶ月間、茶園はまるでラベンダー畑のような幻想的な光景に包まれます。それは、これまでの茶園風景にはなかった、新しい芸術の一幕です。
強靭さと優雅さの共存
その優雅な見た目とは裏腹に、紫韻は非常に逞しい生命力を持っています。
病虫害に強く、乾燥した大地にも深く根を張る。さらに、真っ直ぐに伸びる性質は機械収穫との相性も良く、生産者の負担を減らす「賢さ」も備えています。この強靭さがあるからこそ、私たちはこの美しいお茶を、持続可能な形で未来へと繋いでいくことができるのです。
緑と紅、二つの顔が語る官能の物語
製茶の魔法によって、紫韻は全く異なる二つの魅力を放ちます。
- 緑茶として:
迅速な火入れによって閉じ込められたアントシアニンが、淡い紫を帯びたお茶を生みます。清々しい花の香りと、かすかに感じる木質のニュアンスが、心を凛と整えてくれます。 - 紅茶として:
夏秋の力強い葉を丁寧に発酵させると、水色はサンザシのような明るい橙赤色へ。蘭の花の香りに熟した果実の甘みが重なり、まろやかなコクがいつまでも喉の奥で心地よい「回甘(戻り甘味)」を奏でます。
終わりに:一杯の茶を超えた「プラットフォーム」へ
台茶25号「紫韻」は、単なる新しい品種ではありません。それは、天然の色素を活かしたウェルネス飲料であり、視覚を楽しむエンターテインメントであり、そして茶園そのものを目的地に変える観光の目玉でもあります。
2025年、この「紫韻」は台湾茶の新たなフラッグシップとして、世界中のティーカップを彩ることでしょう。紫色の芽が語る30年の物語に耳を傾けながら、私たちもまた、新しいお茶の愉しみ方を探求していこうではありませんか。
(文・写真:華泰茶荘店主 林聖泰)

