今回は、数あるお茶の中でも「知れば知るほど面白い」存在、武夷岩茶(ぶいがんちゃ)のお話です。
名前は聞いたことがあるけれど、
「岩茶って何がそんなに特別なの?」
「どうやって作られているの?」
そんな疑問をお持ちの“はじめまして”の方に向けて、できるだけ専門用語を使わずに、やさしくご案内していきます。
1. 武夷岩茶ってどんなお
岩の間から生まれた烏龍茶
武夷岩茶は、中国福建省の武夷山(ぶいさん)という山あいで作られる烏龍茶です。
この地域の茶畑は、日本のような一面の畝ではなく、
ごつごつとした岩山の谷間や岩の斜面に、茶樹がしがみつくように生えています。
だからこそ「岩のお茶=岩茶」と呼ばれます。
「岩韻(がんいん)」ってなに?
武夷岩茶のいちばんの魅力は、よくこう表現されます。
岩韻(がんいん)
……岩場で湧き出る清らかな水のような、
すっとした飲み心地と、長く続く深い余韻。
ひと口飲むと、最初はふわっと花のような香り。
そのあとに、ミネラルを感じるようなコクがじわっと広がり、
飲み込んだあともしばらく口の中が心地よく続いていきます。
この不思議な味わいは、
岩の多い土壌や霧の多い気候など、武夷山ならではの自然環境と、
何世代にもわたって磨き上げられてきた職人の技が重なり合って生まれたものです。
世界が認めた「生きた文化」
武夷岩茶の伝統的な製茶技術は、中国国内だけでなく、
ユネスコの「無形文化遺産」としても登録されています。
つまり、
「これは人類みんなで大切に守り、次の世代に伝えていくべき文化ですよ」
と世界から認められている、お茶づくりの技なのです。
2. 一枚の葉が岩茶になるまで
── 16の細かな製茶工程を、やさしくざっくり紹介
本来の伝統製法は、とても細かく分けると16もの製茶工程があります。
ここでは、その流れがイメージしやすいように、少し整理してご紹介します。
① 茶葉を摘む 〜「大人の葉」を選ぶ理由
武夷岩茶に使うのは、
柔らかすぎる新芽ではなく、少し大人になった葉です。
葉が3〜4枚しっかり開いた状態の茶葉を、
一枚一枚、手でていねいに摘み取っていきます。
- 若すぎると:香りやコクの元になる成分がまだ足りない
- ほどよく成長した葉:複雑な香りと深い味わいの“材料”がたっぷり
この時点で、すでに「岩茶らしさ」の土台が決まっていきます。
② しおらせて、香りの準備をする
摘んだばかりの茶葉は、水分をたっぷり含んでピンとしています。
これを太陽の光や室内のやわらかな風にあて、ゆっくりとしおれさせます。
目的は大きく二つ。
- 茶葉を柔らかくして、次の工程で壊れすぎないようにする
- 青くささをやわらげて、**花のような甘い香りの“芽”**をつくる
まだこの段階では、お茶を飲んだときの香りの「予告編」が始まったくらいです。
③ やさしく揺らして、香りと味を育てる
ここが、武夷岩茶づくりの心臓部です。
茶葉を竹のざるに入れ、
職人がリズミカルに揺らしたり(動かす)、
**広げて休ませたり(静かに寝かせる)**することを、夜通し何度も繰り返します。
やっていることはシンプルですが、目的はとても繊細です。
- 葉どうしが軽くこすれ合うことで、葉の縁にごく小さな傷がつく
- そこから、ほんのり“発酵”が進み、香りと味がふくらむ
職人は、
- 天気(湿度・気温)
- 茶葉の香り
- 手に触れたときの感触
を頼りに、揺らす時間や力加減、休ませる時間を微調整していきます。
「今日は雨だから、もう少しやさしく」
「この葉は肉厚だから、もう一回だけ揺らそう」
そんなふうに、天気と茶葉の声を相手に、対話するように進む工程です。
この段階の茶葉は、
葉のふちが少し赤く、真ん中はまだ緑という、
とても美しい姿になっていきます。
ここで、あの複雑な香りと“岩韻”の下地が整えられます。
④ 熱を加えて、ちょうどいいところで「時間を止める」
香りと味が「よし、ここだ」というところまで育ったら、
今度は高温の釜に入れて、さっと炒めます。
これは、
- 茶葉の中で働いている酵素の動きを止める
- ちょうどよく育った香りと味を、そこで固定する
ための作業です。
いわば、
「ちょうどいい瞬間を、写真のようにパチッと閉じ込める」
イメージに近いかもしれません。
⑤ もみながら、形とコクのもとをつくる
熱いうちの茶葉を両手でぎゅっともみ込んでいくと、
細長くしまった、岩茶らしい姿になっていきます。
この工程には二つの意味があります。
- 形を整える(細くしまった、岩茶らしい見た目に)
- 葉の細胞をほどよく壊して、お湯を注いだときに味と香りがしっかり出るようにする
ここでも「やりすぎない」ことが大切。
強すぎると渋くなり、弱すぎると物足りない。
職人の手の感覚がものをいう場面です。
⑥ 乾かして、長く楽しめる状態にする
もみ終えた茶葉は、再び軽く温められながら、少しずつ水分を抜いていきます。
強い火で一気に乾かす段階と、
弱い火でじっくり仕上げる段階を組み合わせて行うことも多く、
- 香りの土台を安定させる
- 腐りにくく、長く保存できる状態にする
という、大切な役目を担っています。
⑦ いらない部分を取りのぞく「お化粧直し」
乾いてきた茶葉を広げ、
黄色く変色した葉や太い茎などを、手作業で一本一本取りのぞきます。
- 雑味の原因になりそうな部分を、ていねいに外す
- いい茶葉だけを残して、味わいをクリアにする
という、気の遠くなるような作業ですが、
これも最終的な品質を左右する大事なステップです。
⑧ 炭火でじっくり焙じる 〜 岩茶の「個性」を決める時間
最後の仕上げは、炭火での焙煎(ばいせん)です。
強い火でしっかり乾かす段階、
ごく弱い火でじんわり熱を通していく段階など、
お茶のタイプに合わせて火加減や時間を調整しながら、
何度も火入れを繰り返すこともあります。
ここで生まれるのが、
- 香ばしい香り
- 焦げていないのに、どこか焙じたような深み
- 岩韻を支える、落ち着いたコク
焙煎は、茶師が茶葉に押す「最後のサイン」のようなもの。
同じ原料でも、焙煎の仕方で雰囲気ががらりと変わります。
仕上がった茶葉は、まだほんのり温かいうちに箱へ詰められ、
香りごとそっと閉じ込められて、ようやく私たちの手元へと旅立っていくのです。
3. 自然と人がつくる「一杯の物語」
ここまで読んでみて、いかがでしょうか。
武夷岩茶の一杯の背後には、
- 岩だらけの武夷山という、個性的な自然環境
- 天気や茶葉の状態と対話しながら進める、職人たちの感覚と経験
- ユネスコも認めた、守り継がれてきた伝統の製法
が、ぎゅっと凝縮されています。
私たちが茶杯を口に運ぶその瞬間、
そこには何百年もの歴史と、
数えきれない人たちの知恵と手仕事の積み重ねが、静かに息づいているのです。
4. まずは一杯、「岩の響き」を味わってみませんか?
文章で読むと少しむずかしく聞こえるかもしれませんが、
武夷岩茶の魅力は、本当はとてもシンプルです。
「香りがよくて、なんだか心が落ち着く」
「飲んだあと、口の中がずっと気持ちいい」
まずはその素直な感覚を、ぜひ楽しんでみてください。
華泰茶荘でも、香りのタイプや焙煎の度合いが異なる、さまざまな岩茶をご用意しています。
楽茶塾やイベントにご来店の際は、どうぞお気軽にスタッフにお声がけください。
「はじめて岩茶を飲むんですが…」
そのひと言から、あなたと武夷岩茶との新しいご縁が始まります。
このブログが、武夷岩茶の世界への最初の一歩になれば嬉しく思います。
(店主 林聖泰より)
次は、ぜひ茶杯の中で、その岩茶物語の続きを味わってみてくださいね。
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