【Chatea|茶言観色 〜台湾茶・中国茶 五代目の茶記】
② 渋谷・華泰茶藝館 26年の記憶
螺鈿(らでん)の茶卓は、いまも記憶のなかで光っています。 道玄坂の喧騒から一歩、路地に入った先。中国アンティークに囲まれたその空間で、私たちは二十六年を過ごしました。
今回は、もう取材と記憶のなかにしか残っていない、渋谷・華泰茶藝館の話をさせてください。
■ 道玄坂の路地に開いた、もう一つの異文化茶空間
渋谷は、世界でもっとも変化の早い街のひとつでしょう。
その喧騒の只中、道玄坂を一本入った静かな路地に、私たちの茶藝館はありました。扉を開けると、中国アンティークが静かに迎えます。螺鈿のテーブル、明清期の文房具、博物館級の茶器も並んでいました。
「これは値札がついていない美術館だね」とおっしゃるお客様もいらっしゃいました。空間ごとお茶の文脈を伝えたい、という気持ちが私にはあったのです。
道具一つひとつが、台湾と中国の茶文化の長い時間を語ります。
お茶は液体だけでなく、その背後にある空間と道具と人で完成する。
それを、言葉ではなく体験としてお伝えしたかったのです。
■ 茶藝館・撮影スタジオ・教室 — 三つの顔
茶藝館には、いくつもの顔がありました。
まずは茶藝館としての日常。
凍頂烏龍、木柵鉄観音、高山茶、武夷岩茶、鳳凰単叢、文山包種、東方美人、ジャスミン、菊花、プーアル……。
厳選した茶葉を本格的な工夫茶の作法でお淹れし、茶葉を使った点心やデザートとともにお出ししました。
次に、メディアの撮影拠点としての顔。
テレビ番組の収録、雑誌の取材、書籍の撮影。「中国茶を本格的に撮りたい」とおっしゃる方々が、何度もあの空間を訪れてくださいました。
アンティークに囲まれた一室は、画面のなかで台北の茶藝館のような表情を見せてくれます。
そして、プロ養成の教室としての顔。
NPO中国茶文化協会の資格講座、楽茶塾、講師養成講座。
書斎で文献を読むだけでは決して触れられない、現場の道具の重さと所作のリアルを、ここでお伝えしてきました。
■ 個室で起きた、数えきれない茶縁
4Fには完全個室の大茶室がありました。
茶器レンタルのみのプラン、お茶会プラン、ランチプラン。商談、インタビュー取材、クラス会、オフ会。中国アンティークに囲まれた非日常空間で、それぞれの時間を過ごしていただきました。
ある会では、講座を終えた受講生の方々が、しみじみとお茶を味わいながら自分の人生を語り始めたことがありました。
お茶は、人の口を緩めます。一杯のお茶の温度が、緊張を解いていきます。
「茶縁(ちゃえん)」という言葉が、こうした空気の比喩ではなく実在する現象だと、私はあの個室で何度も確認しました。
お茶を真ん中に置くと、肩書も国籍も世代も、しばらくの間は脇に置かれます。同じ茶碗の湯気を見つめる者同士になる。
これは台湾の伝統な茶藝館に掛けられていた茶聯(ちゃれん)の言葉そのままの世界でした。
■ 閉じる、ということ、続く、ということ
時代は変わり、街も変わります。
二十六年を共にしたあの茶藝館は、現在、商業空間としては営業しておりません。個室プランも、お茶会プランも、すべて「歴史の記録」となりました。寂しさはあります。それでも、あの空間で結んだ茶縁の一本一本は、いまも生きています。
そして、形を変えて、私たちは続いております。
現在は、渋谷店舗の三階にある茶藝館を茶教室として維持し、講座、楽茶塾、評茶セミナーなどの活動を地道に続けてまいります。
アンティークに囲まれたあの空間で、五代続く家業の眼で茶を見続ける姿勢は、変わりません。
終章 — 螺鈿の茶卓が教えてくれたこと
二十六年、ひとつの空間を運営して学んだことがあります。
それは、茶藝館とは「美しい器を並べる場所」ではなく、「お茶を介して人が出会う場所」だということ。茶器も茶卓も、その出会いを支えるための舞台装置でした。
主役はいつも、お茶と、そのまわりに集まった皆さんでした。
林華泰茶行・華泰茶荘 五代目店主
林 聖泰 (写真・文章)

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