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百年老舗茶問屋 林華泰茶行・華泰茶荘の五代目物語

目次

【Chatea|茶言観色 〜台湾茶・中国茶 五代目の茶記】
① 福建・安渓から台北・大稻埕、そして東京・渋谷へ

二百年前、ひと家族が海を渡りました。
福建省安渓(あんけい)から台湾・石碇(せきてい)へ、茶の苗を抱えて。 その一族の五代目が、私です。

ここ数年、店頭や講座の場で「華泰茶荘とは何か」「林先生はどなたか」と問われることが増えました。今日は店の宣伝ではなく、家系の物語として、家業の二百年を皆さんにお話しいたします。

■ 源流 — 安渓から石碇へ、海を渡った茶の苗

物語は清の時代に始まります。

私の先祖は、中国烏龍茶の名産地・福建省安渓から海を越え、台湾北部の石碇・楓子林(現・新北市石碇区)に居を定めました。安渓は鉄観音の故郷として知られる地です。先祖たちは故郷から茶の知識と技術を携え、石碇の山あいで茶樹を育て始めました。

私の家族は、今もここに茶園を所有しています。二百年、絶えることなく。

石碇の山に登ると、先祖が植えた樹々のなかに自分が立っている、という奇妙な感覚があります。文献では決して得られない現場の手触りが、ここから始まります。

■ 大稻埕(だいとうてい)の記憶 — 百年老舗「林華泰茶行」

石碇の茶葉は、やがて台北の街・大稻埕(現・台北市大同区)へと運ばれていきます。

祖父・林大村と父・林秀峯は、ここで卸売業「林華泰茶行」を創業しました。理念はただ一つ。「茶農家が育てた茶を、消費者と最短で結びつけること」。中間業者を介さず、適正な価格で良い茶葉を届けるという、極めて実直な姿勢でした。

その姿勢が、街の記憶となっていきました。

「老台北人(昔からの台北っ子)なら、誰もが林華泰の茶を飲んだ」
「子どもの頃、大人に手を引かれて茶を買いに行った記憶がある」

お客様は茶葉と一緒に、人生の一部となる記憶も持ち帰っていかれたのです。
林華泰茶行は今も大稻埕の地で、台北最古の茶行のひとつとして営業を続けています。

■ 1969年、もう一つの転換 — 「華泰茶荘」精緻小包装への挑戦

時代が変わり、人々の暮らしも変わります。
家族で大量に茶を消費する時代から、贈答用や個人消費の時代へ。

父と祖父はその変化を読みました。
1969年、卸売の林華泰茶行とは別に、精緻な小包装を専門とする「華泰茶荘」を設立します。

林華泰茶行が街の日常を支える茶問屋なら、華泰茶荘は丁寧な贈り物としての茶を担う店。同じ家族が、二つの異なる顔で台湾茶を守る構造ができあがりました。

ただし、どちらも変わらないものがあります。
それは「茶葉の品質と顧客サービスを何よりも重んじる」という、創業以来の核です。

■ 1992年、渡日 — 「烏龍茶の茶湯色が黒い」の誤解と闘った日々

五代目である私が日本に渡ったのは、1982年でした。

留学が決まったとき、父と祖父は「家業を継いで、さらに発展させてほしい」と期待を寄せてくれました。しかし、若い私には反骨心がありました。家業の看板を背負う前に、まだ何者でもない自分の力を、異国で試したかったのです。

ところが、東京で出会った台湾烏龍茶は、私の知るそれではありませんでした。

当時の日本では、烏龍茶といえば「黒い茶湯」のイメージが圧倒的でした。正しい淹れ方を知る人はほとんどいません。本来の台湾烏龍茶は、製法によって花の香り、果実の香りを纏い、聞香杯(もんこうはい)で香りを愉しむ繊細な世界です。茶湯の色も黒ではなく、黄金色で明るい

なぜ、こうも違うイメージが流通してしまったのか。原因はおそらく、お茶を十分に理解しない貿易商が、本来の品質ではない茶葉を、淹れ方や文化的背景の説明なしに販売してしまったことにあるのでしょう。

ここで、私の心に使命感が芽生えました。 この誤解を、自分の手で解きたい。

■ 渋谷で根を張る — 茶を売るのではなく、茶文化を育てる

1996年、東京・浜松町芝大門に「日本華泰茶荘」を設立しました。

その後、流行の発信地・渋谷にビル一棟を構える機会を得て、店舗とともに茶教室・茶藝館を運営してまいりました。商談、雑誌取材、番組収録、プロ養成講座。中国アンティークに囲まれたあの空間で、数えきれない茶縁を結んでまいりました。

私たちの目的は、最初から最後まで一つです。

単に茶を売るのではなく、台湾茶の真の姿を、その背後にある茶藝と茶文化とともに、日本の方々へ届けること。

製茶の理屈、淹れ方、茶席の設え。一連の専門講座を設計し、お茶の世界に踏み込みたい方々が体系的に学べる場を整えました。
現在も渋谷店舗の三階・茶藝館を茶教室として維持し、その活動を地道に続けております。

終章 — 曲がりくねった道の先で

家業を継ぐ、ということ。

二十代の私は、それを「敷かれたレールを走ること」と誤解していました。
日本での四十年あまりを経て、ようやく分かったことがあります。

家業を継ぐとは、先祖から受け取った血脈と現場経験を、自分の言葉で、自分の時代に翻訳し直すこと。

 文献から学ぶことも、もちろん尊いものです。日本の茶文化研究の先達の方々への敬意は、いまも変わりません。ただ、私には別の役割があります。
 現場に足を運び、家族五代の眼で茶を見続けてきた者として、その視点をお伝えすること。書斎では得られない、しかし誰かが伝え続けなければ消えてしまう現場の眼差しを。

人生は直線ではなく、曲がりくねって進むのでしょう。
最後にたどり着いて初めて、それが正しかったかどうかが分かるのかもしれません。

二百年の家系が次にどこへ向かうのか、私にも分かりません。
ただ、一杯のお茶に誠実な想いを込めて、この道を歩み続けてまいります。

林華泰茶行・華泰茶荘 五代目店主
林 聖泰
(写真・文)

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