「水為茶之母」から考える、茶と水のやさしい話
中国茶の世界には、昔からよく知られた言葉があります。
「水為茶之母、器為茶之父」
水は茶の母、器は茶の父。
少し難しく聞こえるかもしれません。
けれど、同じ茶葉を使っているのに、ある日は香りがよく出て、ある日は味がぼんやりする。そんな経験はありませんか。
その原因は、茶葉だけではなく、水にあることがあります。
茶は、乾いた茶葉のままでは完成しません。
熱湯に出会い、香りが立ち、甘みや渋み、余韻が広がって、はじめて一杯のお茶になります。
つまり水は、茶葉の中に眠っている個性を引き出す、大切な相手なのです。
古人も、水にこだわった
唐代の茶聖・陸羽は『茶經』の中で、茶に使う水について語りました。
山の水を上、川の水を中、井戸の水を下とする考え方です。
ここで大切なのは、単に「山の水なら何でもよい」という話ではありません。
古人が大切にしたのは、清らかで、甘く、活きているような水でした。
その後の時代にも、茶人や皇帝たちは名水を探し、比べ、時には遠くから運ばせました。
清の乾隆帝は、水の重さまで量らせたと伝えられています。
当時は、水が軽いほど不純物が少なく、よい水だと考えられていました。
昔の人は、茶をおいしく飲むために、驚くほど真剣に水を見ていました。
でも、現代の評茶では少し違う
ここが面白いところです。
古人は「軽く清い水」を好みました。
たしかに、飲み水としては、軽い軟水はやわらかく、口当たりもきれいです。
しかし、茶の香りや味をきちんと見る評茶の立場では、
軽ければ軽いほどよい、とは言い切れません。
水の中には、カルシウムやマグネシウムなどのミネラルがあります。
多すぎると味が重くなり、香りも濁りやすい。
逆にごく少ない水では、すっきり明るく出る茶もあれば、
厚みが物足りなく感じる茶もあります。
つまり「これが唯一の正解」という水はなく、
茶と目的によって、ちょうどよい水は動くのです。
私はこれを、評茶の現場では「水にも役割がある」と考えています。
水には三つの役割がある

お茶に使う水は、目的によって選び方が変わります。
まず、日常でおいしく飲むための水。
これは、カルキ臭が少なく、口当たりのやわらかい水が向いています。
ただし、最初から特別な名水や高価なミネラルウォーターを探す必要はありません。
家庭では、まず水道水を浄水器に通し、一度しっかり沸かして使う。
これで十分です。毎日のお茶なら、これを基本にしてよいと思います。
次に、茶席で美味しく入れるための水。
水色を澄ませ、香りを上品に整えるには、やわらかく、
塩素や重炭酸が少ない水が扱いやすいです。
そして、評茶で茶葉の実力を読むための水。
この場合は、毎回違う水を使うのではなく、同じ水を使い続けることが大切です。
水が変わると、茶葉の差なのか、水の差なのか分からなくなるからです。
評茶では、茶葉を見る前に、まず水という「ものさし」をそろえる必要があります。
お茶の種類によって、水への敏感さも違う

水の影響を受けやすいお茶と、受けにくいお茶があります。
もっとも敏感なのは緑茶です。
中国の龍井や碧螺春、日本の煎茶──
産地は違っても、火を入れない不発酵茶どうし、水の硬度やアルカリ度の影響を受けやすいという点は共通します。
合わない水では、水色がくすんだり、味がぼやけたりします。
烏龍茶は、香りの立ち上がりを見るために、水の影響がよく出ます。清香系の包種茶や高山烏龍では、特に分かりやすいでしょう。
紅茶は比較的おおらかですが、硬すぎる水では冷めた時に濁りやすくなることがあります。
そして、普洱茶を含む後発酵茶(黒茶)は、もっとも水を選びにくいお茶です。
微生物や時間が生んだ陳香や厚み、滑らかさが中心で、緑茶ほど繊細ではありません(生茶か熟茶かで性格は変わりますが、ここでは大づかみに)。
ただし、どんな水でもよいという意味ではありません。
塩素の強い水、極端な硬水は避けたほうがよいでしょう。
後発酵茶でも、清らかでクセの少ない水のほうが、陳香や甘みを素直に楽しめます。
家でできる、いちばん簡単な水の見直し

難しく考える必要はありません。
まずは、いつもの水道水を浄水器に通し、一度しっかり沸かしてから使ってみてください。これが家庭でいちばん現実的で、続けやすい方法です。
次に、同じ茶葉を、いつもの水と市販の軟水で淹れ比べてみるのもよいでしょう。香りの立ち方、甘み、渋み、後味が少し違って感じられるはずです。
さらに評茶や飲み比べをする時は、自分の「基準の水」を決めておくと便利です。毎回同じ水を使えば、お茶そのものの違いが見えやすくなります。
水を替えるというより、まずは水の条件をそろえる。
これが、家庭でもできる小さな評茶の第一歩です。
まとめ
お茶の味が思ったように出ない時、私たちはつい茶葉を疑います。
もちろん、茶葉の品質、保存、湯温、浸出時間は大切です。
けれど、その前に一度、水を見直してみてください。
古人が「水為茶之母」と言ったのは、決して飾りの言葉ではありません。
水は、茶葉を育て直すように、一杯の中で香りと味を引き出します。
とはいえ、家庭で楽しむお茶に、特別な名水は必ずしも必要ありません。
まずは、 水道水を浄水器に通す。 一度しっかり沸かす。 同じ条件で淹れてみる。
それだけで、お茶の表情は思った以上に変わります。
よい水とは、主役になる水ではありません。
茶葉の個性を邪魔せず、香りと味を自然に立ち上げてくれる水です。
今日のお茶が少し物足りないと感じたら、茶葉を替える前に、水を見直してみてください。
一杯のお茶が、また少し楽しくなるはずです。
──では評茶では、どんな硬度やpHの水を「ものさし」に選ぶのか。
茶の種類ごとの水の合わせ方と、その具体的な条件は、
noteの有料記事『五代目の茶論』のほうで、ゆっくり解いていきます。
今日はまず、水道の一杯を見直すところから。
(文章・図表:五代目店主 林 聖泰)
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