二時間で八種類。「鉄観音は、本当に一種類のお茶なのか」
「鉄観音は、一種類のお茶ではない。」
今回の楽茶塾『五つの「観音」物語』を終えて、私があらためて強く感じたのは、この一言でした。
鉄観音という名前は、多くの方が知っています。
中国茶を少し学んだことのある方なら、一度は必ず耳にしたことがあるでしょう。
けれども、よく知られた茶名ほど、実は難しいものです。
なぜなら、人は知っている名前を見ると、つい「もうわかった」と思ってしまうからです。
今回、茶席に並べたのは八種類でした。
桂花鉄観音。
安渓鉄観音。
金観音。
木柵黄金桂。
木柵正叢鉄観音。
鉄観音紅茶。
鳳凰観音。
正叢鉄観音老茶。
同じ「観音」の名を持ちながら、どれも同じではありません。
花香を見る茶。
蘭花香と観音韻を見る茶。
現代品種の高香を見る茶。
木柵の焙香と喉韻を見る茶。
紅茶として評価すべき茶。
木柵式の創作性を見る茶。
時間と保存を見る老茶。
一つの物差しだけでは、とても読み切れません。
だから今回の楽茶塾では、単に「どれがおいしいか」を比べるのではなく、
これは品種として見るべきか。
これは烏龍茶として見るべきか。
これは木柵の製法文化として見るべきか。
これは紅茶として見るべきか。
これは花茶として見るべきか。
これは老茶として見るべきか。
その物差しの違いを、茶杯の中で確認していきました。
【茶葉の形、色、焙煎、揉捻の違いを見るだけでも、それぞれの個性が立ち上がる。】

正直に言うと、二時間で八種類という構成は、少し無謀でした。
準備の段階で、何度も悩みました。
茶を減らすべきか。
説明を削るべきか。
資料をもっと簡単にするべきか。
それとも、せっかく来てくださる皆さまのために、少し難しくても、
鉄観音の世界を立体的に見せるべきか。
鉄観音は、ただ香りのよい烏龍茶ではありません。
これらをすべて二時間で伝えるのは、どう考えても簡単ではありません。
それでも、やってみようと思いました。
なぜなら、鉄観音という名前の中にある広がりは、
実際に飲み比べなければ見えにくいからです。
文章で読むだけなら、安渓と木柵の違いは「産地の違い」で終わるかもしれません。
けれども、茶湯を並べて飲むと、それは単なる産地の違いではなく、香りの立ち方、焙火の質、茶湯の厚み、喉に残る余韻の違いとして見えてきます。
金観音や黄金桂を飲むと、鉄観音という名前の周辺にある品種の世界が見えてきます。
観音紅茶を飲むと、「これは烏龍茶の言葉だけで評価してはいけない」と気づきます。
桂花鉄観音を飲むと、花香が茶湯に溶けるとはどういうことかを考えるようになります。
老茶を飲むと、保存と時間が味に与える重さを感じます。

講座前の準備。茶葉、茶器、資料、抽出順を何度も確認しました。
当日の茶席では、参加者の皆さまの熱気がとても印象的でした。
香りを聞く時の静けさ。
茶湯を口に含んだ後の表情。
葉底を見ながらの小さなうなずき。
「これはどう見ればよいですか」という質問。
「木柵黄金桂が印象に残りました」という声。
「正叢の意味がわかりました」という言葉。
講師として、これほどありがたいことはありません。
お茶の講座は、講師が一方的に話して終わるものではないと思っています。
参加者が茶杯の前で何かに気づく。
その瞬間に、講座は本当の意味で生き始めます。

木柵鉄観音は、安渓から渡った茶樹と技術が、台湾の風土で別の表情を得たお茶です。
今回、アンケートでも多くのご意見をいただきました。
もっと復習できる資料がほしい。
用語をもう一度整理したい。
茶ごとの評価ポイントを見直したい。
安渓と木柵の違いを体系的に知りたい。
今後もこういう少し専門的な講座を続けてほしい。
その声に応えるため、今回は二つのnote記事を作りました。
一つは、参加者の復習用副読本としての
『鉄観音は、一種類のお茶ではない』
です。
鉄観音の三つの層、魏説と王説、正叢とは何か、鳳凰観音・観音紅茶・桂花鉄観音の広がり、八種の飲み直し方、淹れ方の考え方を、講座後に読み返せるようにまとめました。
そしてもう一つは、さらに深く学びたい方のための
『五つの観音物語を極める 完全読本』
です。
こちらは、年表、地図、国家標準と地方標準、製茶工程、音韻の形成、
観音系改良品種、木柵の多様化、八種飲み比べ表、淹れ方、
よい鉄観音の選び方までを整理した、9,000文字を超える、
<期間限定>の保存版教材です。

講師用資料、図表、写真を加え、鉄観音を品種・産地・標準・
製法で読み直す完全読本としてまとめました。
正直に言えば、これで大きな商売になるとは思っていません。
むしろ、準備にかかった時間を考えると、かなり無謀な試みかもしれません。
でも、お茶を学びたい方がいる。
もう少し深く知りたい方がいる。
講師や茶会で、人に説明できる言葉を探している方がいる。
その方たちに、少しでも役立つものを残せるなら、それだけで十分意味がある
と思っています。
私は、老舗の五代目として茶を扱い、評茶師として香味を読み、
講師として伝える仕事をしています。
けれども、その三つは別々のものではありません。
最後には、すべて一杯の茶湯に戻ります。
どれほど年表を整えても。
どれほど標準を読んでも。
どれほど品種を覚えても。
茶杯を手にした時に、香りが立ち、茶湯が厚く、喉の奥に甘みが戻り、
「ああ、これが観音か」と感じられなければ、学びはまだ途中です。
次回の楽茶塾は、9月27日(日)開催予定です。
楽茶塾【蜜香の秘密と熟成の科学】
――品評会受賞茶と老茶を含む東方美人茶、
蜜香烏龍、蜜香紅茶で読み解く風味の設計図
9月のテーマは、「蜜香」と「熟成」です。
東方美人茶、蜜香烏龍、蜜香紅茶を軸に、ウンカが生む蜜香、
品種、製法、熟成、品評会茶の見方を飲み比べながら読み解いていきます。

蜜香は偶然の香りではありません。
ウンカ、品種、製法、熟成が重なって生まれる風味の設計図を読み解きます。
なかなか現地へ行けない茶産地や茶文化の舞台を、写真、地図、文献、現地での経験を通して、旅するように学ぶ講座です。
お茶は、飲めば終わりではありません。
知れば、また飲みたくなる。
飲めば、また誰かに語りたくなる。
語れば、またどこかで茶縁が生まれる。
今回の『五つの「観音」物語』が、皆さまにとって、
そんな一杯になっていれば幸いです。
またどこかの茶縁で、お会いできますように。
ChaTea五代目茶論
華泰茶荘店主 林 聖泰より

