お茶は、飲み干した後にこそ、ものを言う。
喉の奥へ静かに戻る甘み。
空になった杯に、いつまでも漂う香り。
先月綴った茶詩詞話の中で、清の袁枚はそれを「味外味」と呼びました。
舌の上の一瞬ではなく、過ぎ去った後に立ちのぼる、味わいの彼方。
お茶の真価は、口に含んだその刹那ではなく、飲み終えてからの余韻にこそ宿る、と。
人の一生もまた、そうなのかもしれません。
5月31日、26年半に及ぶ一つの物語が、静かに幕を下ろしました。
国民的グループが最後の舞台に立ち、五人がそれぞれの言葉で、別れと、感謝を語った。その報せと、彼らの肉声を伝える文章を読みながら、私は柄にもなく、胸が一杯になっていました。
人生如茶 ── ふと、その四文字が口をついて出ました。
そして、遠い一日のことを、思い出していたのです。
2008年。
華泰茶荘・渋谷店の茶藝館に、嵐の取材が入りました。
月刊『嵐』の企画 ──「プーアル茶&ウーロン茶のたしなみを学ぼう!」。櫻井さんと松本さんのお二人が、卓を囲んでくださいました。
正直に申せば、当時の私は、その取材を特別なものとして受け止めていませんでした。
渋谷店の経営、茶葉と茶器の開発・仕入れ・輸入、店頭販売に通信販売、茶藝館の運営、講習会、そして相次ぐ取材。
仕事は終わるということを知らず、土日も机に向かう毎日。
お二人と向かい合い、お茶をお出ししながらも、頭にあったのは「いつものテレビ取材」という以上のものではなかったのです。
あの日お出ししたのは、30年の歳月をくぐり、ゆっくりと後熟した普洱茶(プーアルちゃ)でした。
普洱茶というお茶は、出来立ての若い新茶のときよりも、歳月を経てからが、ある意味で本当の始まりです。時の中で角の立った渋みは丸くなり、青さは深い甘みへと姿を変えていく。
30年とは、人ひとりが生まれ、立派に成熟するだけの時間。
その長い眠りを経た一杯を、私はいつもの仕事として、淡々と淹れていました。
茶がこれから結ぼうとしている縁のことなど、まだ何も知らずに。
激動していたのは、むしろ周りのほうでした。
店のスタッフも、家族も、私よりずっと心を躍らせていた。
報道の後、お二人が腰かけたあの席が、ファンの方々の間で大きな話題になっていると知って、ようやく私は驚いたのです。
あの一日が、私の知らぬところで、たくさんの人にとって、かけがえのない記憶の場所になっていた。
お茶は、淹れた者の手を離れた後に、思いがけない茶縁を結ぶ。
あのときの私は、まだそれを本当の意味では分かっていなかったのだと思います。
かつて茶を巡る旅の途上、古い茶亭の柱に、こんな対聯が掲げられているのを見ました。
坐片刻,無分你我; 吃一盞,各向東西。

少し腰を下ろせば、あなたと私の隔ては薄れる。
一杯を飲み終えれば、また、それぞれの道へ。
旅人も、商人も、役人も、文人も ── 一碗の茶の前では、皆ひとしい。
そこに残るのは「あなた」と「私」ではなく、ただ共に茶を味わったという「茶縁」だけ。
あの日の私と、お二人と、その席を慈しんでくれた見知らぬ方々もまた、同じ一碗が結んだ、ささやかな縁の内にいたのでしょう。
あれから、18年。
その歳月を思うとき、私はいつも、少しばかり背筋が伸びます。
私の生家、台北の林華泰茶行は、1842年の起こりに発し、1883年に暖簾を掲げました。以来180年、茶とともに歩んできた家です。萬炎を初代に、家成、大村、秀峯、そして私、聖泰へと続く、茶業の五代目にあたります。
老舗の五代目という名は、誇りであると同時に、若い肩には決して軽くない看板でした。それでも私は、海を渡った。
異国・日本で、一杯の本物の中国茶・台湾茶を伝える ── 前例のない道へ。
怖さよりも、挑んでみたいという思いが勝っていた。
若さとは、そういうものなのでしょう。
無謀だったかもしれません。
けれど、あの日の勇気がなければ、今日の私はない。
むろん、ひとりで歩いてきた道でもありません。
共に汗を流す茶仲間とスタッフがいて、お茶を信じ、足を運んでくださるお客様がいた。
その支えがあればこそ、重い看板を、どうにかここまで担いでこられたのです。
この18年もまた、人生という名の嵐に、幾度も吹かれてきました。嬉しいこと、腹の立つこと、悲しいこと、楽しいこと。
立ち止まりたくなる日も、振り返れば、いつもそこに一杯の茶がありました。
そして近年、渋谷店のかたちは、大きく移ろいました。
長く親しんでいただいた茶藝館の常設の営みと、店頭での販売には、いったん幕を引き、いまは生産現場からの直送の通販と、不定期に開く講座へと、その軸を移しています。
寂しさがないと言えば、嘘になります。
けれど ──
これは惜別ではなく、悠々と流れゆく時の、一齣なのだと思うようにしています。
歳月は、誰の上にも、ただ静かに流れていく。
その流れの中で、人もまた、それぞれに円熟していく。
あの30年の普洱茶が、長い眠りの中で角を取り、深い甘みへ熟していったように。
一つの営みを畳むことすらも、大きな円熟の、自然な一部なのでしょう。
終わりではなく、移ろい。
失うのではなく、姿を変える。
これからの私には、果たすべき務めがあります。
長い歳月をかけて積み上げてきた、中国茶・台湾茶の技術と経験 ── それを、次の世代へ、確かに受け渡していくこと。
お茶を愛する方々の声に応え、本物の目利きを育てていくこと。
そのために、控えていた講習会も、筆も、再び動き始めました。新たにnoteという器にも、言葉を綴ってみようと思っています。
もし、講座や楽茶塾に足を運んでくださることがあれば。
その折には、あの茶藝館の扉が、皆様のために開かれます。
時を重ねた木の匂い、アンティークの静かな設え。
そう ──あの日、お二人が腰かけ、30年の普洱茶を口に運んだ、まさにその場所で。
ぜひ一碗を、ゆっくりと味わっていただけたら、と思います。
彼ら五人が、独立した道を歩む者でありながら、ただ感謝を伝えるためだけに、もう一度、同じ舞台へ戻ってきた。その姿に、私は静かに心を打たれました。
人は、過ぎ去った後に残るものによって、その輪郭を描かれる。
華やかな一瞬よりも、飲み終えた後に、喉の奥へ戻ってくる甘みによって。
茶も、人も、同じなのでしょう。
香りが立ち、味わいがあり、回甘が訪れ、
そして ── 余韻が残る。
一杯の茶縁は、人生の如し。
180年の暖簾のために。
共に歩む茶仲間とスタッフのために。
そして、この長い道のりを、いつも一杯の茶とともに見守ってくださった、すべてのお客様のために。
私はこれからも、人生という長い一服を、ていねいに淹れ続けてまいります。
どうか、よい余韻を。
乾杯。
林華泰茶行・華泰茶荘五代目 林 聖泰
作者|林 聖泰(リン・セイタイ)
台北の老舗『林華泰茶行』、および『華泰茶荘』『日本華泰茶荘』五代目店主。中国政府認定 一級評茶師・高級評茶技師、台湾・農業部「茶業改良場」風味輪講座 認定講師。中国茶・台湾茶の文化を、講座と執筆で次の世代へ。
※ 本文中の写真と取材内容は、2008年1月・月刊『嵐』「プーアル茶&ウーロン茶のたしなみを学ぼう!」より引用しています。
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「茶縁〜一碗の茶のあいだに、我をほどく」── 本稿の対聯について綴った一篇 - <茶詩詞話>
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※ 本文中の写真と取材内容は、2008年1月・月刊『嵐』「プーアル茶&ウーロン茶のたしなみを学ぼう!」より引用しています。

