――台湾中元帰省旅行・中元を迎える臺北天后宮へ
西門町の夜は、とにかく賑やかです。
若者、観光客、映画館、飲食店、ネオン。
そして街角の果物店には、マンゴー、鳳梨、ドラゴンフルーツ、釈迦頭まで、色鮮やかな台湾の果物が山のように積まれています。
そんな「今の台北」の真ん中を歩いていると、成都路に突然、小さな入口が現れます。
気づかずに通り過ぎてしまいそうな場所です。
ところが、その奥へ入った瞬間――。
景色が変わりました。
臺北天后宮です。
西門町の真ん中に、280年の歴史
今回訪れたのは、ちょうど農暦七月。
台湾で一般に「鬼月」と呼ばれ、中元普渡を迎える季節です。
臺北天后宮の中へ入って、まず驚いたのが頭上の景色でした。
赤、金、橙。
燈籠や色鮮やかな紙の飾りが何重にも吊られ、その奥から光が差しています。
一つや二つなら「きれいな飾り」でしょう。
しかし、これほど大量に頭上へ広がると、まるで別世界です。
見上げているうちに、
「ここは人間の世界なのか、それとも天上なのか」
そんな不思議な感覚になってきます。
ほんの数十メートル外では、西門町の若者たちがスマートフォンを片手に歩いている。
そのすぐ奥では、人々が静かに媽祖へ祈っている。
この落差が、とても台湾らしいのです。
なぜ台湾には、これほど媽祖廟が多いのか
臺北天后宮の主神は「天上聖母」、つまり媽祖です。
台湾で媽祖信仰が大きく広がった背景には、「海を渡って台湾へ来た人々」の歴史があります。
清代、福建などから台湾へ渡る人々にとって、台湾海峡を越える航海は命懸けでした。
嵐、高波、遭難。
そこで人々は、航海の安全を守る媽祖の神像や香火を携え、無事を祈りました。
台湾へ到着すると、その信仰は航海安全だけではなく、家族の平安、地域の安寧、商売、暮らしを守る信仰へと広がっていきました。
臺北天后宮の前身である「艋舺新興宮」は、清・乾隆11年、
1746年に創建されたと史料に記されています。
つまり2026年で、ちょうど280年。
当時の艋舺を代表する廟の一つで、のちに龍山寺、清水巖祖師廟とともに
「艋舺三大廟門」と呼ばれるようになりました。
実は、ここには日本の歴史も残っている
しかし臺北天后宮の歴史は、ここからさらに面白くなります。
新興宮は1943年、戦時中の防空道路建設によって撤去され、媽祖像はいったん龍山寺の後殿へ移されました。
そして戦後の1948年。
媽祖は現在の成都路へ遷座します。
その場所にあったのが、日本統治時代に建てられた真言宗の「新高野山弘法寺」でした。
そのため臺北天后宮には、媽祖信仰だけでなく、弘法大師・空海に関する信仰や文物も受け継がれています。
ただし、現在の廟が当時の弘法寺建築そのものというわけではありません。1953年には火災に遭い、1959年以降に正殿などが再建され、1967年に現在の「臺北天后宮」という名称になりました。
媽祖と弘法大師。
台湾の民間信仰と、日本統治時代の宗教文化。
異なる時代の記憶が、一つの場所で重なっています。
これも台湾の面白さです。
「鬼月」は、怖いだけの月ではない
日本では台湾の農暦七月を、
「鬼門が開く月」
「怖いことをしてはいけない月」
として紹介する記事をよく見かけます。
もちろん、そうした民間信仰や禁忌もあります。
しかし実際に台湾で中元を迎える風景を見ていると、それだけではありません。
臺北天后宮でも毎年、農暦7月13日から15日まで、「慶讚中元暨超薦祖先法會」が行われます。普渡では、祖先だけではなく、祀ってくれる家族を持たない存在などにも供物を供えます。
果物。
菓子。
飲み物。
たくさんの食べ物が並ぶ風景を見ると、私はいつも思います。
これは恐怖の行事というより、「こちらにも、どうぞ一席」
という台湾らしい文化なのではないでしょうか。
自分の家族だけではない。
見えない存在にも食べ物を用意する。
そこには、台湾の人々が大切にしてきた「共に無事でありますように」
という気持ちが感じられます。
台湾文化は、有名観光地の中だけにあるのではない
参拝を終えて外へ出ると、そこは再び西門町。
ネオン、人波、若者の声。
ほんの数歩で、2026年の台北へ戻ります。
しかし、そのすぐ奥には1746年から続く時間が流れている。
台湾文化の面白さは、こういうところにあるのだと思います。
古いものが博物館の中に隔離されているのではない。
今日も誰かが線香を上げ、
今日も誰かが家族の無事を祈り、
今日もその横を若者たちが歩いている。
伝統と現代が、特別な顔をせずに一緒に暮らしている。
もし西門町へ行く機会があれば、買い物とグルメだけで帰らず、
ぜひ成都路51号の臺北天后宮へ。
特に夜。
頭上いっぱいの光を見上げていると、
いつもの台北とは少し違う、
「もう一つの台湾」に出会えるかもしれません。
臺北天后宮
臺北市萬華區成都路51號
台湾中元帰省旅行は、まだ続きます。
(文章・写真:林華泰茶行・日本華泰茶荘 五代目店主 林 聖泰)
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旅で文化を知り、茶を飲み、そして自分の言葉でその一杯を語る。
この秋、皆さまとまた一緒にお茶を囲めることを楽しみにしています。

