パーキンソン病と向き合いながら、今も本と歌で人生を伝える三男。店と家族を守り続けた長男。
百年茶行の歴史は、二つの人生からできている。
短い台湾帰省を終え、無事に日本へ戻りました。
空港はすでに夏休みの雰囲気。大きなスーツケースを引く家族連れが行き交い、日本行きの便を待つ人の姿も目立ちました。
旅へ出る人たちの楽しそうな表情を眺めながら、私は今回の台湾滞在を振り返っていました。
今回の帰省の大きな目的は、三番目の叔父・林秀全の二冊の著書を紹介する記念会と、華視『人物大特写』の番組収録・試写会に参加することでした。
テレビスタジオには、赤いソファが並び、テーブルの上には台湾茶、茶器、茶葉、叔父の著書が置かれていました。
普段は茶行や講座でお茶を前に話している私も、テレビカメラの前では少し緊張します。
家族そろって座り、笑い、写真を撮り、台湾茶を囲んで百年茶行の歴史を語る。
添付した写真を見ると、林家の長い時間が、明るいスタジオの中に一瞬だけ集まったように感じます。
世界へ飛び出した「茶行の三男」
7月18日に台大校友会館で行われた催しには、林家の親族、台湾大学時代の同級生、国内外の友人、林華泰茶行の関係者、報道関係者が集まりました。
叔父の二冊の著書と、華視『人物大特写』の試写会を通じて、茶文化、科学、旅行、歌劇、家族の歴史が語られる、にぎやかで温かな会となりました。
叔父の人生は、一言では説明できません。
台湾大学で数学を学び、アメリカへ留学し、ベル研究所で研究に携わる。
仕事のかたわら世界各地を旅し、歌劇を愛し、写真や文章で人生を記録する。
『薪火――林華泰茶行老三の故事』には百年茶行と家族の歩みを、
『大稲埕、歌劇院、ベル研究所』には故郷、芸術、研究、旅への思いを書き残しました。
同級生からは、「最も信頼できる旅行の企画者だった」と紹介されました。
自分が実際に歩いたことのない場所は、友人には勧めない。
まず自分で確かめてから、同行者のために旅程を組む。
極地で犬ぞりの隊列から離れてしまった経験まで、叔父の人生には映画のような場面がいくつもあります。
病を抱えても、人生を降りない
しかし、叔父の現在を語るうえで、パーキンソン病との生活を避けることはできません。
身体が以前のようには動かない。
話すことにも、大きな力が必要になる。
書類に署名する一筆一筆にも、時間と集中が求められる。
叔父はその現実を抱えています。
それでも発表会では、来場者のために自ら署名を続けました。
話すことが難しくなっているからこそ、まだ書けるうちに、まだ伝えられるうちに、自分の人生を本として残したい。
そして可能であれば、三冊目、四冊目も書きたい。
叔父はそのように語ったと報じられています。
さらに、舞台に立つと叔父は歌いました。
モーツァルトの『フィガロの結婚』。
イタリアの名曲『オー・ソレ・ミオ』。
最後は『Time to Say Goodbye』。
普段は言葉を発することに苦労していても、音楽が始まると、表情が変わり、
身体の奥から強い生命力が現れる。
会場を包んだのは、病気を忘れさせる奇跡というより、病気を抱えた現在の叔父が、それでも表現することを選んだ力だったのだと思います。
生きる勇気とは、苦しみがなくなることではありません。
怖くないふりをすることでもありません。
思うようにならない身体とともに、今日できることを行う。
好きな歌を歌う。
会いたい人に会う。
家族の記憶を残す。
自分の人生の主導権を、病気だけに渡さない。
叔父の姿から、私はそのような生き方を教えられました。
華やかな会場で、父を思い出した
叔父の人生を祝う会場で、私が何度も思い出していたのは、父のことでした。
叔父は、長男だった父より十五歳以上年下です。
家族から聞いてきた話では、父は社会が大きく変動する時代に、進学を断念しました。
若い頃から長男として、店と家族を守る責任を背負ったのです。
父は三十歳頃まで、祖父母とともに林華泰茶行に泊まり込み、工場で働きました。
茶葉を運ぶ。
選別する。
機械を動かす。
店の仕事をする。
家族と弟妹全員が生活していけるよう、毎日働き続けたと聞いています。
叔父たちが学び、外の世界へ進むことのできた背景には、店に残り、家計と家業を支えた父の存在がありました。
それは「犠牲」という一言では言い表せません。
父は父なりに、その時代、その立場の中で、自分の責任を引き受けて生きたのだと思います。
やがて母も、父とともに店頭、工場、家庭を支えました。
私の記憶にある家族旅行は、数えるほどしかありません。
父と母が旅を嫌っていたのではないでしょう。
店を開ける。
茶葉を仕入れる。
品質を確かめる。
工場を守る。
お客様を迎える。
家族を養う。
毎日の暮らしそのものが、二人にとって休むことのできない責任だったのだと思います。
本になった人生と、本にならなかった人生
叔父の人生は、本になりました。
父の人生は、本にはなりませんでした。
しかし、本にならなかったからといって、物語がなかったわけではありません。
父の人生は、茶行の床に残っています。
何度も開け閉めされた茶桶に残っています。
工場の機械音に残っています。
朝、店を開ける音。
茶葉を量り分ける手。
お客様と交わした温かい会話。
家族が今日まで茶業を続けてこられたという、その事実の中に残っています。
叔父は、世界を歩き、研究し、歌い、自分の人生を言葉にしました。
父は、一つの場所に残り、茶行と家族の日常を守りました。
二人の生き方は大きく異なります。
けれど、どちらか一方だけでは、林家の歴史は語れません。
世界へ出た人の物語。
家に残った人の物語。
病を抱えながらも人生を表現し続ける人。
目立たない毎日を何十年も積み重ねた人。
その両方があって、林華泰茶行の薪火は今日まで消えずに受け継がれてきました。
茶樹は、新芽だけでは生きられない
お茶の世界では、柔らかな新芽が注目されます。
香り高い茶。
華やかな茶。
賞を取った茶。
もちろん、それらには価値があります。
しかし一本の茶樹は、新芽だけでは生きられません。
地中には根があります。
幹があり、古い枝があり、土を守る人がいます。
家族も、老舗も同じです。
表舞台に立つ人だけで、百年の歴史が続くわけではありません。
工場で働く人。
帳簿をつける人。
荷物を運ぶ人。
食事を作る人。
子どもを育てる人。
店を開け、お客様を待つ人。
記事に名前が出なくても、その一人ひとりが継承者です。
今回の帰省で私は、叔父の人生をあらためて知ると同時に、父と母の人生も、もう一度見つめ直すことができました。
台湾へ帰るとは、故郷の料理を食べることだけではありません。
自分がどこから来たのかを、もう一度確かめることでもあるのだと思います。
店主から皆さまへ
一杯の台湾茶の後ろには、茶農家や製茶師だけでなく、茶を運び、選び、保存し、店を守り、家庭を支えてきた無数の人の時間があります。
これからも華泰茶荘五代目として、茶葉の品種、産地、製法、香りだけでなく、そこに重なる家族と台湾茶業の物語も書き残していきたいと思います。
一杯のお茶を召し上がる時、そのお茶が今日まで届いた背景に、どのような人の仕事と人生があったのか。
少しだけ想像していただけたら幸いです。
人生は、華やかな香りだけで決まるものではありません。
苦みも、渋みも、長い余韻も含めて、その人だけの一杯になるのだと思います。
(華泰茶荘・林華泰茶行 五代目店主 林 聖泰 より)
──────────────────────────
◎ 連載『ChaTea五代目茶館ノート』
https://www.chinatea.co.jp/category/top/story/chatea-chakan-note-story/
【WEBライブ講座】『ChaTea五代目 中国茶旅探検記』
──────────────────────────
▶︎ https://www.chinatea.co.jp/chatea-travel-2026/
★ 第1回 7月29日
【シルクロードの茶・歴史・異文化の物語〜西安から敦煌の茶旅行紀行】
▶︎ https://www.chinatea.co.jp/shop/products/detail/3424

◎ 全3部の早割は 8月15日まで
『ChaTea五代目 中国茶旅探検記』
<第1回+第2回+第三回>全3回セット
▶︎ https://www.chinatea.co.jp/shop/products/detail/3427
興味のある方は、どうぞお早めにご検討ください。
───────────────────────────
台湾茶国際評茶師講座 Ver2.0
───────────────────────────

▼講座のご案内(ブログ)
https://www.chinatea.co.jp/chatea-blog-20260706/
◎【台湾茶風味輪・国際評茶師 WEBライブ・ミニ体験講座】
8月5日(水)夜
▶︎ https://www.chinatea.co.jp/shop/products/detail/3431
◎ 2026年10月 第4期【初級 台湾国際評茶師 資格認定講座】
10/17-18 渋谷 対面授業

10種類の台湾茶を自宅で練習し、渋谷で直接実技を学ぶ。
WEBライブ8時間+復習録画+対面評茶実習8時間の、
16名限定プログラムです。
▶︎ https://www.chinatea.co.jp/shop/products/detail/3430
もっと深く学びたい方へ——
入門から、茶藝師・評茶師をめざす本格派まで。
▶︎【ChaTea五代目 中国茶旅探検記】@WEBライブ講座
▶︎ 【楽茶塾】 イベント @渋谷・華泰茶藝館
▶︎ 【台湾茶・中国茶プロ養成 集中講座】@渋谷・華泰茶藝館
【保存版】中国茶・台湾茶、選ぶ・淹れる・味わうが10分でわかるノート
▶︎ https://note.com/chatea5/n/n4624c64b530a

