―― 白玉蟾『送郭進之』と夏の一服
暑さを避けるのは、冷たさだけではない
暑い日、私たちはまず冷たい飲み物を求めます。
けれど、長く茶を淹れ、評茶に携わってきた私が夏の一杯に求めるものは、温度の低さだけではありません。
飲み込んだあと、舌に甘さが戻る。
頬の内側が潤い、香りが口中から鼻へ静かに抜けてゆく。
茶杯を置いたあとにも感覚が続く。
その時間まで含めて、一杯の茶だと思うのです。
南宋の道士・詩人であり、書にも優れた白玉蟾は、その感覚を二十字の五言絶句に残しました。
避暑白雲鄉,茶甘齒頰香。
海城悲暮角,煙樹淡斜陽。
白雲のたなびく仙郷で、暑さを避ける。口にした茶は甘く、その香りが歯にも頬にも、口の中いっぱいに満ちている。
海辺の町には夕暮れを告げる角笛がもの悲しく響き、もやに包まれた木々は、傾く日の光の中へ淡く溶けてゆく。
「白雲鄉」は、涼しい里ではない
冒頭の二字に触れておきます。「白雲鄉」は、白い雲のかかる涼しい村ではありません。
『荘子』天地篇の「彼の白雲に乗り、帝郷に至る」に由来する、仙界の呼び名です。
白玉蟾は道教・金丹派南宗の道士で、武夷山に隠棲した人。この二字を選んだ時点で、詩はすでに俗世の外側に立っています。そう読むと、後半の落差が効いてきます。
「茶甘」と「齒頰香」を、評茶師の舌で読む
この詩の中心は「茶甘齒頰香」です。
「茶甘」は茶の甘さ、「齒頰香」は歯や頬のあたり、すなわち口中にまで香りが満ちること。
現代の評茶では、飲み込んだあとに甘味が現れる「回甘」、口中香、鼻へ戻る香り、余韻の持続性を観察します。通じるものはありますが、「茶甘」をそのまま「回甘」と訳すことはできません。原文には「回」の字がないからです。
まず甘味を感じ、次に口中に残る香りを確かめる。
その二つが、短い一句に結ばれています。
香りは、茶杯から立ち上るものだけではありません。
「齒頰香」の三文字は、香りを鼻先だけで判断してはならないことを、八百年前から教えているようです。
清涼の中にある「送別」
前半だけを読めば、白雲、避暑、甘い茶という理想的な夏の茶席です。
しかし後半、「暮角」――城楼で吹かれる角笛が鳴ります。日没と閉門の合図であり、唐宋の詩では別離を告げる音でした。
題名の「送」は、郭進之という友を見送ることを示します。
仙境の涼しさから、門を閉ざす現世の音へ。
この茶が記憶に残ったのは、よい茶だったからだけではないでしょう。
間もなく別れるからこそ、一杯の甘さと香りが、いつも以上に鮮やかになった。
「以茶会友」を大切にしてきた私には、茶は友を迎えるだけでなく、友を送るものでもあると読めます。
現代の「避暑」には、水出しという方法がある
一つ、はっきりさせておきます。
この詩が宋代の水出し茶を詠んだ、という意味ではありません。
南宋の主流は点茶――固形の団茶を碾(うす)で挽いて末にし、湯を注いで攪拌する方式です。白玉蟾自身『水調歌頭・詠茶』に「碾破すれば香無限、飛び起こる緑の塵埃」「放下す兔毫の甌子」と詠んでいます。緑の粉が舞い、建窯の黒い盞で飲む世界。
急須で葉を淹れる世界ではありません。
そして詩には品種も産地も書かれていない以上、銘柄は特定不可です。
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夏の茶席なら、清らかな花香の文山包種茶や高山烏龍茶、蜜香と熟果香を持つ東方美人茶もよく合います。一口飲んだら茶杯を置き、三十秒。
舌に残る甘さ、頬の潤い、鼻へ戻る香り、遠くの音を、一つずつ確かめます。
「暑さを避けて、おいしいお茶の余韻とともに、涼しい時間を分かち合いましょう」。
説明を増やすより、この一言で始める茶席もよいものです。
白玉蟾が描いた涼しさは、気温だけのものではありません。
心の速度をゆるめ、味と香りが消えてゆくまで待つこと。
茶杯が空になってから、本当の茶の時間が始まります。
(文章・写真:林華泰茶行・日本華泰茶荘 五代目店主 林 聖泰)
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