「從來佳茗似佳人」──
蘇軾は、佳い茶はいつも佳人に似ている、と詠んだ。
美しいものは、言葉にしにくい。茶もまた、そうである。
「美味しい。でも、うまく言えなくて」
店先でお客様とお話ししていると、よくこう言われる。
「このお茶、すごく美味しい。けれど、どう美味しいのか、うまく言えなくて」
無理もない。人の舌と鼻は驚くほど繊細なのに、それを掬い取る言葉を、私たちは案外持っていない。香りと味わいは記憶に残らず、人にも伝わらず、やがて溶けて消える。
そんなとき、私は一枚の図をお見せする。台湾茶の風味輪(フレーバーホイール)である。
これは台湾・農業部の茶及飲料作物改良場(茶改場)が2020年に正式発表した、いわば茶風味の地図だ。コーヒーやワインで使われる円形の風味図の、台湾茶版にあたる。
台湾の特色茶を六つに分け、それぞれに専用の輪が描かれている。
- 清香型條形包種茶(文山包種茶)
- 清香型球形烏龍茶(高山烏龍茶)
- 焙香型球形烏龍茶(凍頂烏龍茶)
- 東方美人茶
- 臺灣紅茶(日月潭紅茶)
- 臺灣綠茶(三峽碧螺春)
たとえば東方美人茶を口に含み、「甘くて、いい香り」と感じる。その曖昧な感動が、風味輪を頼りにすると「熟した果実」「蜂蜜のような甘み」という確かな言葉に変わる(台湾風味輪の風味表現に準拠)。
風味輪は、答えを押しつける道具ではない。茶改場自身が「索引」と呼ぶとおり、味の在りかへ案内する目次のようなもの。言葉という取っ手がひとつ付くだけで、目の前の一碗が、急に輪郭をもって立ち上がる。
祖父の代に、この茶風味地図はなかった
もっとも、私の祖父や父の代に、こんな図はなかった。彼らは黙って茶を含み、黙って頷いた。言葉より先に、舌が憶えていた。
180年、暖簾を継いできて思う。風味輪は入口であって、奥ではない、と。
文人と茶人は古くから「味外味」── 味の外の味、を語ってきた。言葉にした、その先に、まだ言葉にならない余白がある。回甘(かいかん)、喉の奥から静かに戻ってくるあの甘み。あれを最後まで言い尽くせた者を、私はまだ知らない。
だから私は、お客様にまず言葉を差し上げ、それから言葉の外へお連れしたいと思っている。
「成分が豊か」が「美味しい」ではない
ひとつ、誤解を解いておきたい。健康成分が多い茶ほど良い、とは限らない。
ポリフェノールは渋みと苦みの素、アミノ酸は旨みと甘みの素。茶の味は、この二つの綱引きで決まる。多いか少ないかではなく、均衡。渋みばかり立った茶は、たいてい好まれない。
最後に信じるべきは、データではなく、自分の舌と鼻の心地よさだ。その心地よさに、ひとつずつ名前をつけていく。それが風味輪の愉しみであり、評茶の出発点でもある。
お茶の風味に、名前をつけにいく ── 楽茶塾のご案内
華泰茶荘の「楽茶塾」と「プロ養成講座」では、この風味輪を手がかりに、テイスティングの基礎からご一緒する。台湾・茶改場の風味輪講座の認定講師として、お茶の風味を言葉にし、やがて言葉の外へ出ていく稽古を、静かにお手伝いしたい。
知ってから飲むと、脳がその香りを探し始める。同じ一杯が、輪郭をもって立ち上がる。── その小さな驚きを、ぜひ。
さて。今日も一服。回甘の戻るのを、ゆっくり待つとしよう。
(写真・文:林華泰茶行・華泰茶荘五代目 林 聖泰)
関連記事・ご案内
- 華泰茶荘「楽茶塾」8月2日@渋谷店
【地図と風味輪で旅する「風味を言語化」茶ソムリエ体験】〜冷泡・鑑定杯・工夫茶で楽しむ、六つの台湾茶飲みくらべ - 7/11-122日間集中@渋谷店
【台湾茶・中国茶のプロ養成講座】 - 読みもの:
Note「ChaTea五代目の茶論」── 銘柄ごとのテイスティングノートと、茶の裏話を綴っています

